2007'05.20 (Sun)

ハンブルク北ドイツ放送交響楽団@ミューザ川崎シンフォニーホール

心から敬愛する諏訪内さん!昨晩から興奮しっぱなしで、今朝はバカみたいに4時に目が覚めてしまいました。約3か月ぶりの、そして2回目の生・諏訪内さんのコンチェルトを聴いてきました。

ドイツのオーケストラシリーズ2007 第1回 ハンブルク北ドイツ放送交響楽団
指揮:クリストフ・フォン・ドホナーニ
ヴァイオリン:諏訪内晶子

ウェーバー:歌劇「魔弾の射手」序曲
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲ホ短調作品64
(アンコール)
バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番よりラルゴ
チャイコフスキー:交響曲第6番ロ短調作品74「悲愴」
(アンコール)
ドヴォルザーク:スラヴ舞曲より作品72−2ホ短調

・歌劇「魔弾の射手」序曲
「魔弾の射手」は、カール・マリア・フォン・ウェーバー(1786−1826)がドレスデンの宮廷劇場の音楽監督を務めていた1820年に作曲したオペラです。ベルリンの王立劇場のオープニングとして1821年6月に初演しましたが、序曲はそれに先立ち1820年10月に初演されています。オペラのあらすじは、射撃大会で優勝しないと恋人アガーテと結婚できない狩人マックスが、狼谷にいる悪魔ザミエルから百発百中の魔弾を手に入れるという物語です。このように「魔弾の射手」は、森、妖精、魔法といったドイツ・ロマン派的な主題による物語を、ドイツ語で上演した、最初の「ドイツ・ロマンティック・オペラ」で、ドイツの人々から熱狂的に迎えられました。
コンサートで頻繁に演奏される序曲は、オペラのさまざまな場面の音楽から構成されています。物語の舞台であるボヘミアの森を表すホルンの主題で始まり、チェロによる「ザミエルの動機」の後、主題に入り、マックスの「絶望のアリア」による不安げな音楽が始まります。続いて、弦楽器が狼谷の激しい音楽を演奏。アガーテの愛を表す優しい旋律をクラリネットとヴァイオリンが演奏した後、曲は展開し、最後は愛の主題が高らかに演奏されます。
音楽や絵画、文学などにおけるロマン主義は、正に私が大学のゼミで研究していたテーマなので、ウェーバーの作品なども調べた記憶があります(それはそれは大変でした・・・)。録音はカラヤン&ベルリン・フィルのCDを持っています。

・ヴァイオリン協奏曲ホ短調作品64
フェリックス・メンデルスゾーン(1809−1847)は、1835年からライプツィヒのゲヴァントハウス管弦楽団の音楽監督を務め、1841年にはベルリンの芸術アカデミー音楽部門主任に就任、1843年にはライプツィヒ音楽院を開校するなど、作曲の他にも多方面で活躍していました。“三大ヴァイオリン協奏曲”の1曲とされる彼のヴァイオリン協奏曲は、ゲヴァントハウス管のコンサートマスター、フェルディナンド・ダヴィッドのために作曲されました。作曲を思い立ったのは1838年の夏で、既に冒頭の旋律が頭から離れなかったというものの、上記の仕事などで忙しく、6年後、1844年の夏の休暇中にフランクフルト近郊で書き上げました。メンデルスゾーンはヴァイオリンも演奏出来ましたが、神童としてデビューしたピアノほど得意ではなかったので、作曲にあたっては、ダヴィッドからテクニックや効果的な演奏法についてアドバイスをもらっています。ただし、曲の構成や主題などはもちろんメンデルスゾーンの意図したままで、豊かな音楽性あふれる作品となっています。全3楽章。楽章間は複縦線で区切られているだけで、休みなく演奏されます。
初夏らしい萌黄色の上品なドレスを着て颯爽と舞台に登場した諏訪内さん。相変わらず何て細く、何て美しいのでしょう。もし1日だけ誰かに変身出来るなら、諏訪内さんになりたいです(ドルフィン弾き放題!)。
今日の諏訪内さんの演奏は、よく指摘されてきた冷たい優等生的なものではなく、ほとばしる情熱が爆発するようで、ヴァイオリンのソロが入る2小節目から一気に圧倒されました。故障した腕の治療をしてもらったお医者さんと結婚された諏訪内さんは、今最も精神面が充実しているのでしょう。スピッカートや移弦などのテクニックと感情表現も非の打ちどころがありません。今まで何度も聴いたメン・コンですが、感動のあまり涙が止まりませんでした。「このままずっと曲が終らなければいいのに・・・」と思いました。手が痛くなるほど拍手し続けていたら異例のアンコールが!バッハの無伴奏ソナタ、繊細かつ荘厳な音色でした。素晴らしい時間をありがとうございました!
ちなみに諏訪内さんのメン・コンは、チャイ・コンと一緒に指揮:アシュケナージ&チェコ・フィル共演で録音されています。
「メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲ホ短調作品64」 「メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲ホ短調作品64」
諏訪内晶子 (2001/02/25)
ユニバーサルクラシック

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以下のサイトで、1990年に諏訪内さんがチャイコフスキー・コンクールで優勝した時の動画を見られます。まだあどけなさが残っています。
http://www.youtube.com/watch?v=GWu8ND3SQzU

・交響曲第6番ロ短調「悲愴」
1888年に交響曲第5番を発表した後、国内外でますます名声が高まるピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840−1893)でしたが、10年以上続いていたフォン・メック夫人との文通と年金支給が1890年に突然打ち切られ、かなりのショックも受けていました。
そんなチャイコフスキーは、1893年2月に交響曲第6番に取り掛かります。すぐに完成すると思っていたものの、ケンブリッジ大学での名誉博士号の授与式など旅行の日々だったため8月に完成、初演は10月にペテルブルクで、本人の指揮で行われました。初演は決して失敗ではありませんでしたが、最終楽章がアレグロではなくアダージョで終わるなど、彼曰く「新しい形式」で作曲したため、客席はやや戸惑い、拍手喝采にも至りませんでした。作曲開始の段階で、自分の最高傑作になるに違いない、と言い、その後も、今まで感じたことのないほど愛しい作品だ、と語るなど、自信の1作でしたが、初演の9日後に突然亡くなり、彼の最後の作品となってしまいました。
タイトルについては、作曲当初に考えていたのは「標題交響曲(第6番)」というもので、標題は謎のままにするつもりでいました。「悲愴」という名前は、初演翌日に弟の提案で付けたと言われていますが、出版社のユルゲンソンが9月に表記の問い合わせをしていることから、どうやら初演前から考えていたようです。ちなみに日本では“悲愴”が定訳ですが、ロシア語の本来の意味は“情熱的”です。
死因の謎、そして、第4楽章が本当はアダージョではなくアンダンテだったなど、ロシア特有のミステリーに包まれた交響曲第6番「悲愴」ですが、チャイコフスキーの最高傑作のひとつであることは間違いありません。
何ともミステリアスな雰囲気の曲です。私はチャイコフスキーの交響曲の中では第5番が最も好きなのですが、第5番と第6番の曲調はあまりにも違いますし、第6番第4楽章の低弦が消え入るような終わり方も、まるで初演直後のチャイコフスキーの死を予言しているかのような不吉さがあります。録音はカラヤン&ベルリン・フィルと、デュトワ&モントリオール交響楽団のCDを持っています。どちらもカップリングが私の大好きな、幻想序曲<ロメオとジュリエット>なので聴き比べるのも楽しいです。

ホール入り口でもらった公演チラシを見ていたところ、今度は11月に諏訪内さんが指揮:エッシェンバッハ&パリ管弦楽団とチャイ・コンを弾きます!これは風が吹こうが嵐が来ようが何としても聴きに行きます!
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中世よりハンザ同盟の中心的役割を果たした都市の一つでもあり、港湾都市として発展した。ドイツ第一の、欧州連合の中でも第二の港湾規模である。産業構造の変化にともない、近年は情報産業、航空産業、精密産業などの誘致に熱心で、多くの国際企業が拠点をおいている。ドイ
2007/07/06(金) 03:43:11 | ドイツがすごい

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